合気道同好会
稽古日記
2024年10月24日(木) 立川市練成館にて
立川倶楽部第5回昇級審査会行われる
2024年10月24日(木)、合気道同好会立川倶楽部第5回昇級審査会が行われました。これには、4級に4人、5級に2人が昇級審査に臨みました。
今回は、高垣師範卒寿記念審査会として開催し、審査会終了後に卒寿祝賀の集いを開催(弁当会食)。祝賀会は、高垣師範への感謝あふれる楽しい集いとなりました。
審査会挨拶
高垣師範卒寿記念 第5回昇級審査会 あいさつ
「万有愛護」の合気道を目指して
―「結び」と「産霊(むすび)」 ―
本日の昇級審査会は、本会が設立して第5回目の開催であり、高垣和吉師範卒寿記念のお祝いの意義も込めております。
私たち合気道同好会立川倶楽部の目指すのは「万有愛護」の合気道です。
それは、敵と戦い、敵を殺傷する武術ではなく。敵を導き、天地と和合する愛の武道です。高垣師範は、私たちに「合気道に形はない、心が技になる。魂の禊(みそぎ)である」と何度も教えて下さいました。それは、開祖・植芝盛平翁の言葉でもあります。合気道は、今までの武道とは異なる全く新しい現代武道なのです。その精神性の深さが、海外の人々の心をつかみ世界140カ国に広がったのです。
とりわけ合気道では、「結び」と「呼吸」を大切にします。
例えば、〝正面打ち一教〟では、「取り」が構えた手で、「受け」の手刀を捉えます。「取り」と「受け」が繋がるわけですが、ここに結びが生じるのです。「取り」と「受け」が物理的に繋がり結んでいるようですが、実は、目に見えない丹田で互いに結ばれているのです。目に見える結びではなく、目に見えない結びが「万有愛護」の合気道なのです。〝むすび〟とは、糸へんに吉で結びと書きますが、日本書記では産まれる霊:「産霊」と書きます。魂の産まれることが「むずび」なのです。さらに合気道では、相手と結ぶだけではなく、天地の心と結ぶのです。
古事記では,伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)、伊邪那美(いざなみ)の命の二柱(はしら)の神が、天の浮き橋に立って、天の沼矛(ぬほこ)を混沌とした大地に降ろしてコヲロ、コヲロとかき回して国づくりをする場面があります。天と地と人と一体なのです。その世界観が合気道にはあります。準備運動で行われる船漕ぎ運動(天の鳥船)や振り魂(ふりたま)も、エクササイズというよりも、雄大な自然との交流でもあるのです。
フランスの文豪・ヴィクトル・ユゴーは。「海よりも広いもの それは空である。空よりも広いもの、それは人間の心である。」と語り、「星の王子様」で有名なサンテグジュペリは、その本の中で「大切なものは目に見えない」と残しました。
目には見えない無限の心が技となる。私たちは、生涯にわたり合気道を研鑽し、合気道を通して、大空を自在に駆け巡る人間自身の成長に努めていきたいと思います。
卒寿をお迎えになった高垣先生が、白寿(はくじゅ)。百寿(ももじゅ)まで、私たちを指導してくださることを願って第5回昇級審査会の挨拶とします。(代表 永井靖二)
たちかわ市民交流大学講座
合気道入門 技と心 ー万有愛護の世界ー
令和6年7月18日、たちかわ市民交流大学講座として、わが合気道同好会立川倶楽部主催の「合気道入門 技と心 ―万有愛護の世界―」 を立川市練成館において開催いたしました。当日は、酒井大史立川市長よりも祝辞が寄せられ、17名の一般参加(定員20名)ではありましたが遠く市川市や文京区からもお見えになりました。体験コーナーにはほとんどの見学者が参加、さらに最後の質問会では熱い活発な意見が交換されました。
小さな一歩ではありますが立川に合気道ブームを起こしていきたいと願っています。
本講座のねらい
合気道の妙技を通し、争わない平和の武道の素晴らしさを伝えたい
合気道創始者・植芝盛平翁の生涯を通して、合気道の心を伝えたい
実生活にも役立つ合気道の基本技を通して、護身の術を伝えたい
特にシルバー世代には、健康維持にかかせない関節運動や呼吸法を伝えたい
2024.5.25
第61回全日本合気道演武大会に初参加!
2024年5月25日(土)、日本武道館で行われた「全日本合気道演武大会」に初参加! 立川倶楽部発足以来2年目の快挙です。
おそらく、全参加団体の中で最も新しい倶楽部であり、最も初心者の多い倶楽部であり、しかも最もシルバー世代の多い倶楽部であることに間違いはありません。2年前には、日本武道館で演武を披露すること自体。夢のような出来事であったのではないでしょうか。
皆さんの人生に、新しいページを加わったと思います。10年後の第70回演武大会を目指して、毎年、毎年、精進を重ねていきましょう!
2024.3.15 合気会本部道場にて
合気会本部道場訪問(2024.3.15)
ー道主より立川倶楽部へメッセージ!
2024年3月15日(金)、高垣師範と共に合気会本部道場(新宿区)を訪問。植芝守央道主と懇談の機会を得ることができました。道主は、懐かしい髙垣師範との出会いを大変に喜ばれ久方振りの邂逅に花が咲きました。比較的シルバー世代の多い我が合気道同好会立川倶楽部へのメッセージをお願いしたところ次のお言葉を頂きました。
合気道同好会立川倶楽部の皆さんへ
「ゆっくり続けてもらえれば、必ずいい結果になります。
ゆっくりと続けて下さい。」
道主 植芝 守央
懇談の後は、充央道場長の稽古に参加。爽やかな汗を流しての充実した1日となりました。
*会員の声
・励みになります。・「ゆっくりと」と言って頂けて大変嬉しいです。
・Slow and steady wins the race, など
2023年11月30日(木) 立川市練成館にて
立川倶楽部第3回昇級審査会行われる
2023年11月30日(木)、合気道同好会立川倶楽部第3回昇級審査会が行われました。これには、4級に1人、5級に2人が昇級審査に臨みました。
審査会挨拶
「優しく 楽しく 美しく」
さて、本日の第3回昇級審査には50代、60代、70代の3人のメンバーが受験します。いずれも、立川倶楽部で初めて合気道に出会い、その魅力を感じた人たちです。今日の審査までには、それぞれの人生との闘いがありました。シルバー世代の多い我が立川倶楽部では、思うように稽古が進まないこともあったと思います。千変万化する技と取り組みながら悩みも多かったのではないでしょうか。しかし、今日の審査を迎えたことは大きな成長の一歩だと思います。一つ、人生が豊かになったと思います。
我が立川倶楽部は「優しく 楽しく 美しく」をモットーに日々、研鑽に励んでおります。それは、開祖植芝翁先生の目指された道でもあります。合気道は、勝敗を争う武道ではありません。相手を優しく導く中で人間としての成長をしていくところに真髄があります。また、老若男女が互いに楽しく切磋琢磨し稽古に励むことも大きな特色です。そして、合気道は美しい姿勢が大事だと言われますが、武道を通して平和で美しい世界を目指しているのです。
最後に髙垣師範の言葉で私の挨拶を結びます。 「合気は愛なり。相手を倒すことが合気道ではない、相手をどうぞと導く、相手の戦う気力を逆に返す。戦う心をなくして再生させる。合気道が広まれば世界が平和になる。技そのものを合気道と言わない。魂を磨くのが合気道。」 (代表 永井 靖二)
2023年11月9日(木) 立川市練成館にて
北海道国際合気道会会長 今村師師範 来る!
11月9日(木)の稽古に北海道国際合気道会会長の今村師範が参加され、演武を披露して下さいました。(錬成館)
初心者には、優しく丁寧にご指導いただき、苦手な前回り受身をのコツをつかめ感激しておりました、また、流れるような合気道の演武を間近に見て合気道の素晴らしさを更に実感することが出来ました。
今村樹憲氏は、立川倶楽部の指導者である高垣師範が合気会本部道場に通い始めた頃にご指導を頂いた先生です。
指導後の懇談の折にも開祖植芝翁先生から受けた直接の薫陶の数々や合気会草創期のエピソードなど興味深い貴重なお話を聞くことができました。
今村樹憲 氏(合気会7段位)
1965年春より本部道場及び本部直轄の新橋道場にて合気道を始め、翌年埼玉大学合気道部を創設し、初代部長として合気道の心技を切磋琢磨し、また後輩の育成にも尽力。1992年には、ロシア・シベリア地区にて合気道の指導及び組織作りの支援を開始、1993年7月に(旧)北海道国際合気道協会設立(2013年に合氣道国際平和文化交流倶楽部に名称変更)。 現在も、四国・東海・関東をはじめロシア・ヨーロッパ等で指導に当たっている。
長崎平和記念公園 平和記念像 北村 西望 作
右手は原爆を示し左は平和を 顔は戦争犠牲者の冥福を祈る
東京・井之頭文化公園内の平和記念像(ここのアトリエで制作)
たゆまざる 歩み恐ろし 蝸牛(かたつむり)
彫刻家・北村西望 氏の言葉
長崎平和公園の平和祈念像を作っていたある夜,足下にいたかたつむりが,翌朝見てみると10メートルもある像のてっぺんに登っているのを見つけた。それを見た北村西望氏が感動し,自分の半生を思い作った句。「私は天才ではない。人より5倍も10倍もかかるのです。いい仕事をするには長生きをしなければならないのです。」と語っている。北村氏は、昭和62年3月4日に,102歳で亡くなる日まで現役で研鑚を続けた。
合気道開祖・植芝盛平翁先生曰く
「合気の道は無限であります。合気道においては、天地が修行の場なのです。修行の道には、涯(はて)もなく、終わりもない。一生が修業の業であり、無限につづく道の道程であります。なればこそ、この道に志し、この道を往く私たちは、天地の大愛を心とし、万有愛護を己の使命となし、その使命をまっとうすることを真武の道と心得て、修行せねばならないのであります。」(合気神髄p182より)
私たち合気道同好会立川倶楽部は、比較的シルバー世代の多い倶楽部ですが、「開祖の合気道の心」を求める志は、どこよりも高いと自負しております。技の修得は遅いかもしれませんが生涯をかけて鍛錬し研鑽を重ねて参ります。見よ!「たゆまざる 歩み恐ろし カタツムリ」
毎日新聞(2022.9.24)コラム余禄より
「この12月に90歳を迎える俳優の仲代達矢さん。主宰する無名塾の舞台『いのちぼうにふろう物語』に公演中。若い俳優たちの10倍努力しないと、現役の俳優としてやっていけない。それが生きる目的の一つとなっている。と語る。」(要旨)老名優にして10倍努力。ならば、私たちは100倍努力か。本年10月、68歳にして合気会本部道場にて初段の允可。(靖)
第31回立川市シルバー大学文化祭展示
2023.6/24~7/1 立川市柴崎福祉会館
萬有愛護
合気道開祖:植芝盛平翁先生のお言葉。
「天地の心を以て我が心とし、万有愛護の大精神をもって以て自己の使命を完遂することこそ武の道である。」 (植芝吉祥丸著「合気道」49頁)
「万有愛護の大精神をもって合気とは名づくるものなり。万有の生命宿命を通じ、おのおの万有の使命を達成せしむべく万有に呼吸を与え、愛護する精神を合気とはいうなり。」 (植芝盛平語録「合気真髄」51頁)
合気道は、開祖植芝盛平翁(明治19年—昭和44年)が生み出した全く新しい現代武道です。敵と闘い殺傷する術ではなく、人と天地と和合する萬有愛護の武道が合気道です。万有― 生きとし生けるもの、草にも木にも星辰にも、愛を以て調和していくところに合気道の極意があります。合気道の持つ深い精神性に魅かれ今や世界140か国に広がっています。
靖
合気道同好会立川倶楽部第2回昇級審査会
2023年4月27日(木)、合気道同好会立川倶楽部第2回昇級審査会が行われました。これには、4級に5人、5級に3人が昇級審査に臨みました。
審査会挨拶
「術」から「道」へ そして「愛」へ
本来、生死を賭けた技法が武術であり、剣術や柔術もいかに相手を倒すかに工夫をこらした技術でした。しかし、戦国時代から泰平の江戸時代に入ると「武術」は、「武道」となり、殺傷の技術から人間修養への道へと変化致しました。「剣術」は「剣道」となり、竹刀(しない)が普及。更に、近代になると、例えば「柔道」から当て身や関節技をなくし一つのルールの元で試合を行い「武道」がスポーツへと変化していったのです。
合気道開祖植芝盛平翁は、10代よりあらゆる武芸を極めその技を磨きました。更に、戦前、中国大陸では、実際に馬賊と闘い何度も死線を乗り越えてきました。当時、ピストルの弾の走る線が見えたという逸話は有名です。帰国後は、京都綾部に戻り植芝塾を舞台として合気柔術の研鑽に励みました。しかし、ある時「合気とは愛なり」との啓示を受け、今までの武術に対する考え方が一変するのです。それから「合気道」と名乗るようになりました。よく合気道を語る時、開祖のかつて師匠であった大東流合気柔術の武田惣角氏を源流と語る人もいます。しかし、開祖自身「全く新しい武道」であると宣言していることを忘れてはならないと思います。
「術」から「道」へ そして「道」から「愛」へと変革を遂げていったのが植芝先生の合気道であり、2代吉祥丸道主が継承された合気道です。我が開祖の求める合気道は、敵を倒す技術ではなく敵を導く武道です。先日、テレビで畑正憲(まさのり)氏の「ムツゴロウと愉快な仲間たち」の特番を見て驚きました。何とクマと戯(たわむ)れているのです。クマと相対峙するのではなくクマを掌(たなごころ)に乗せるムツゴロウの姿に圧倒されました。かつて、空手家が牛と素手で戦い倒す写真を見て驚愕しましたが、クマとじゃれ合う姿に違った意味で感動しました。力に力で対抗すれば、終わりのない弱肉強食の世界となります。しかし、相(あい)和すれば、それぞれの違いを超えて平和で楽しい世界を築くことができると思います。私たちは、合気道を通して、天地の心と一体となり、相手を導く合気道を目指したい。それは、やがて人類の平和への架け橋になるに違いないと思います。我が合気道同好会立川倶楽部は、比較的シルバー世代の多い倶楽部です。開祖植芝翁の説かれる「万有愛護」の合気道を目指し、「優しく。愉(たの)しく。美しく。」 、自他共に心豊かな人生を送りたいと思います。( 代表 永井 靖二 )
2023.3.23 於:立川市練成館
合気道同好会立川倶楽部結成1周年記念の集い
2023年3月23日(木)、新装なった立川市練成館において、合気道同好会立川倶楽部結成1周年の集いが行われました。
挨 拶
昨年(令和4年)3月3日、立川市練成館で「合気道同好会立川倶楽部」の結成式を行い1年が経過いたしました。令和3年12月より、錬成館で稽古を始め、昨年5月には(公財)合気会の登録団体として承認されました。
結成記念日の3月3日は。桃の節句でもあり、女性を寿ぐ日あると共に平和を願う日でもあります。新装なった練成館で行う初稽古である本日23日は、立川市内の桜満開です。
鎌倉時代の古今著聞集(ここんちょもんじゅう)に「春は桜梅桃李(おうばいとうり)の花あり」という言葉があります。春に桜、梅、桃、すもものそれぞれが美しい花を咲かせるように、他と比べることなく、そのままの姿で自らを表現している素晴らしさをとらえています。金子みすゞの詩 「鈴と、小鳥と、それから私 みんな違ってみんないい」との一節にも共通します。それは、開祖植芝盛平翁の説かれた「万有愛護」にも通じると思います。「合気道」は、開祖の「武道の根源は、万有愛護の精神である」との悟りから誕生した全く新しい現代武道です。生きとし生けるもの、草木にも星辰にも愛を感じるところに他の武道とは大きく異なる特色があります。
発足間もない我が立川倶楽部ですが、開祖が示された「万有愛護」の心をどこよりも求め、“優しく!強く!美しく!” 日々精進していく決意です。やがて、他の合気道団体とも連携を取り、立川に合気道ブームを起こしたいと願っています。( 代表 永井 靖二 )
初稽古でお茶会 2023.1.5
2023年1月5日(木)、立川市滝ノ上会館にて初稽古終了後に「お茶会」を開催。裏千家と武家茶のお見事なお手前で頂きました。手作りの団扇が飾られ、茶菓子は春菓「花びら餅」。
2022.1.17 於:立川市滝ノ上会館
第1回 昇級審査会 で5人が5級に合格
2022年10月27日(木)、昭島市総合スポーツセンターにおいて、第1回合気道同好会立川倶楽部昇級審査が行われました。5人のメンバーが5級審審査に臨み、このほど厳正な審査の結果、財団法人合気会より全員が5級の認定を受けることができました。
5級審査合格者の声
◆あたたかい雰囲気の中で丁寧なご指導ありがとうございました。優しく、強く、美しい合気道を目指していきたいと思います。(K.T 女性)
◆これからも健康のため、生き甲斐のためにそして先生たちの熱意へお応えができるように頑張っていきたいと思います。楽しかったです。(K.K 女性)
◆性別、体格、年齢に関係なく誰でも一緒に稽古をすることができる合気道は本当に素晴らしいと思います。皆様に心から感謝申しあげます。 (S.K 男性)
◆年齢70歳になりましたが入部。年齢に関係なく基本動作、基本技稽古を反復して行った結果5級を授与して頂きました。今後も切磋琢磨し心身の練磨を図っていきたい。(T,S 男性)
◆やさしく教えて下さるので楽しんで続けられています。又、素晴らしい先生方と仲間に出会えたことも感謝しています。合気道を通し感動の日々を送っています。(W.K 女性)
2022.10.27 第1回合気道同好会立川俱楽部 昇級審査会
於:昭島市総合スポーツセンター
第1回合気道同好会立川俱楽部 昇級審査会
2022年10月27日に昭島市総合スポーツセンターにて第1回合気道同好会立川倶楽部昇級審査会を開催。5級試験に5人が臨んだ。(審査長:高垣和吉6段 副審査長:向江隆次5段)
■開催挨拶
「本同好会は、昨年(令和3年)12月に立ち上げました。その後、立川市社会福祉協議会、立川市社会教育関係団体としても承認され、本年5月には、〝公財合気会〟の登録団体として正式に認可を受けることができました。本日の初の昇級審査には5人のメンバーが初めての5級を受験することとなります。小さな一歩ではありますが、開祖・植芝盛平翁の示された「万有愛護」の精神で、会員相互が仲良く楽しく更に精進を重ねる決意です。合気道は、勝敗を争う武道ではありません。相手と和する中で人間としての成長をしていくところに真髄があります。今日、審査にのぞむ方々が、技の習得の成果だけでなく、師範への感謝、また、相手への思いやる心で日頃の鍛錬を披露して頂ければと思います。私たち立川倶楽部の歩みは、シルバー世代も多く、他の合気道道場に比べれば遅いかもしれませんが、合気道を求める心は、誰にも負けるものではありません。コロナ禍が収まる頃には、私たちが、立川に〝合気道ブーム〟を起こしたいとも思っております。本日は、よろしくお願いいたします。」(Y.N)
2022.10.9 高垣師範米寿記念稽古会 昭島市総合スポーツセンター
髙垣師範の米寿記念稽古会・祝賀会
2022年10月9日に昭島市総合スポーツセンターにて「むさむら合気道同志会」主催の高垣和吉師範米寿記念稽古会・祝賀会が行われた。立川倶楽部も招待を受け、初めての交流稽古会だったが、有意義なひと時を持つことができた。また、高垣師範の見事な演武にも心打たれた。ここで、日ごろの高垣語録を紹介。
★合気は愛なり。相手を倒すことが合気道ではない、相手をどうぞと導く、相手の戦う気力を逆に返す。戦う心をなくして再生させる。合気道が広まれば世界が平和になる。魂を磨くのが合気道。
★合気道は、 打たせてあげなさい、切らせてあげなさい。打たれてあげなさい、切られてあげなさいではない。
★技そのものを合気道と言わない。魂を磨くのが合気道。
★合気道は争わない。やってやろうと思わない。相手の力に対して戦う気持ちで臨むと相手の力で負ける。来たら自然と動く。力を抜かれたら相手は何もできない。力を入れたら力で返される。相手の戦う気力を逆に返す戦う心をなくして再生させる。平和をつくるのが合気道。
★審査を受けるために技を練習すると力の合気道になる。自然体をつくる、形を練習するのではない。 etc
田辺市・植芝盛平翁顕彰会ポスター 左:熊野の森 右:那智の大滝
開祖の言葉2 「万有愛護 」
天地の心を以てわが心とし、万有愛護の大精神を以て自己の使命を完遂することこそ武の道であり、単なる武技はそれに至るべき道しるべに過ぎない。 「合気道」p49
開祖はよく「我は即ち宇宙」と言われた。「天地の心」と一体化することによって絶対不敗の武道となる。その根本は〝万有愛護(ばんゆうあいご)〟である。万有という言葉の中に深い意味がある。万物ではない、宇宙に存在するすべてのもの。そこには、人間だけでなく、生きとし生けるもの、千草万木・日月星辰までもが含まれる。「合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ。人類を一家たらしめる道である」とは開祖の言葉である。大きな大きな心〝万有愛護〟の精神で相対するとき、全てが和合され、やがて平和世界の創出となるに違いない。開祖亡き後、国内では、様々な派が生まれたが開祖の目指された「合気の心」を忘れることがあってはならないと思う。海外の方が開祖の心が理解されるかもしれない。(2022.8/30 Y.N)
「合気神髄ー合気道開祖・植芝盛平語録」より 開祖85歳
開祖の言葉1 私の会得した独自の道を「合気道」と呼ぶ
昔から、武道は誤って人命を絶えず殺し合う方向に進んできたのであるが、合気は人命を救うためにあるのである。(略) 人を殺すなかれが合気であり、「合」は「愛」に通じるので、私は、私の会得した独自の道を「合気道」と呼ぶことにしたのである。従って、従来の武芸の人々が口にする「合気」と、私のいう「合気」とは、その内容、本質が根本的に異なる。このことを皆さんはよく考えて欲しいと願うものである。 「合気神髄」p41
「合気道」を語る時、ある人は大東流合気柔術武田惣角氏を淵源とすると言い、ある人は、剣術の理合や古武道の技をその源流にあげる。しかし、開祖・植芝盛平翁の合気道は、まったく新しい境地から生まれた現代武道なのである。どこまでも開祖・植芝盛平の「合気道の心」を求めゆく中に真実の「合気道」があると思う。私たちは、日々の合気道の鍛錬を通して千変万化する技に目を奪われるのではなく、「合気道の心」すなわち「開祖の心」を極めていきたいものである。(2022.8/27 Y.N)
aikido by Kisshomaru Ueshiba より(植芝吉祥丸2代道主の四教)
痛くない四教
合気道は、関節や急所を攻めるので痛いというイメージがある。なかでも四教(手首押さえ)は、「受け」の急所である手首の脈部(表)や橈骨部(裏)を「取り」が人差し指の付け根で極めるため、飛び上がる程痛い。面白がって、四教で攻めて痛がる「受け」を見て楽しんでいる輩がいないとも限らない。あるいは痛さに耐えてこそ鍛錬という者もいる。ところがだ、植芝吉祥丸2代道主の四教は痛くないというのだ。「吉祥丸先生はポンと手を置いているだけで、全然痛くなかったそうです。『あれっ、(四教)効いてない?』と思い、立ち上がろうとしたのですが、全然身体が動かず、ビックリしたそうです。」(谷本敏夫師範の話し:合氣道会心館HPより) 合気道は、抵抗すれば痛いが、気を合わせれば「取り」と「受け」が一つになる。相手を受け入れ導く合気道の技は底が深い。(2022.8.26 Y.N)
書籍紹介1「合気道一路―戦後合気道発展への風と雲―」
著者 植芝吉祥丸 発行所 出版芸術社 初版は、平成7年7月7日
合気道2代目道主植芝吉祥丸先生が戦後合気道の歴史を「合気会」の視点から著した書である。父・合気道開祖植芝盛平先生の真実の武道の精神と技を後世に残そうとする著者の執念が感じられる。この書を通し、本来あるべき(創始者の目指した)「合気道」の姿を論じている。著者は、合気道について次のように語る。「大きな宇宙の中において、人の営みを闘争の世界とみることなく、<和合>と<生成>の世界として捉える合気道の理念は、天地の気(呼吸)に合わせる道であり、「合」は「愛」に通じる教えでもありました。」(221頁)要するに、合気道は、決して剣術や体術の延長にあるのではなく開祖の独自の境涯から誕生した未曾有の現代武道であるということだ。後に合気会から離れた塩田剛三氏や富木謙二氏へのコメントも興味深い。(2022.8.25 Y.N)
私と合気道との出会い4
ある時、レストランの前で足を滑らし転んだときに、思わず合気道の受身でクルリと一回転し、コンクリートの上であるにもかかわらずケガや痛みもなく平然としている私を、そばにいた妻があまりにも美しい受身の姿にびっくりして感心をしていた。実は、その時に合気道は高齢者にとって実生活にも役立つのだと再認識した。合気道を広めるということは特にシルバー世代への社会貢献になるのではないかと思ったわけだ。その話を合気道6段の87歳の高垣和吉先生にお話ししたところ大変に共感して頂き、立川市合気道会でお世話になった向江隆次先生にも相談したところ様々なアドバイスを頂く事ができた。私自身も平日の昼間であれば毎回、稽古に参加できると思い、両先生方の熱い思いに支えられて、合気道同好会立川倶楽部の発足となった(令和4年3月3日)。 嬉しいことに、(公財)合気会の登録道場、立川市社会福祉協議会・立川市社会教育関係団体としても認証された。(2022.8.24 Y.N)
私と合気道との出会い3
大学合気道部の練習に参加して1年を過ぎた頃、私の住む立川にも合気道の道場があることを知り見学に伺った(2016.4)。「立川市合気道会」(1971.10設立)は、諏訪神社境内にある「立川市錬成館」を道場として活動していた。当時は、向江隆次氏が会長で水村保雄師範が指導者であった。(現在の会長は森谷倍巳氏)そこで、初めて合気会による昇級審査を受け1級まで取得することができた。審査長は、合気会本部道場の大澤勇人師範が務められた。いよいよ段位の取得だと意気込んだが新型コロナ禍の蔓延により稽古のお休みがしばらく続いた。また私自身の仕事環境も変わり、練習が復活した後も、土曜日の毎回の稽古参加が厳しい状況になった。(2022.8.16 Y.N)
私と合気道との出会い2
大学職員として60歳に達し定年に差し掛かった4月(2014年)。勤務先のキャンパス内では道を連ねて多くのクラブが新入生獲得のため声を張り上げていた。恒例の風景ではあったが、文化系、体育会系様々なクラブに交じり、合気道部の学生もいた。「見学に行ってもいいかな」と問いかけたところ快い返事と共に「いっしょにやりましょう」との誘いもあり合気道を始めることになった。日本人学生だけでなくドイツやモロッコの留学生なども熱心に稽古に参加しており、国際的な多彩な顔触れに驚いた 。とりわけ、若い学生達が、60過ぎの私に対して実に親切に丁寧に教えてくれることに感動した。また、年に数回、大阪から三瀬壽雄師範が来学し合気道の指導や説明を受け益々、合気道への興味が深まった。私の合気道人生の始まりである。(2022.8.9 Y.N)
開祖・植芝盛平先生(右) / 阿部醒石 先(左) 天之武産合氣塾道場 HPより
私と合気道との出会い1
私の兄は、昭和41年(1966)、1期生として入学した追手門学院大学で合気道部を創部した。兄は、東住吉高校時代に吹田市の阿部醒石(せいせき)先生の道場に通っていた。そこで、開祖・植芝盛平翁先生との出会いがあった。当時、植芝先生は、来阪されたときには阿部道場を宿舎とされた。植芝先生は、兄が道場に入ろうとすると、足音だけで「永井君が来た」とおっしゃったそうだ。その頃から私は、合気道やその開祖・植芝盛平という傑出した武道家に興味を持っていた。私自身は、文系の人間で美術が好きだったこともあり中学・高校と美術部に所属していたが60歳を過ぎて、合気道をやろうとは夢にも思っていなかった。 (2022.8.2 Y.N)